小児科のあれこれ

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「風邪」の診かた

誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた 第2版 感染症診療12の戦略

総合診療医・感染症医の岸田直樹先生の本。特に感染症関係でご活躍されています。

軽く見られがちの風邪の本。タイトルが風邪ではなく「風邪」な時点で私的には高評価です(笑)が、内容もとても素晴らしいと思いました。第3章の高齢者医療についてはよく分かりませんし、あくまでも内科の本ですが小児科医が一番直面する「風邪」の考え方を確認する良書です。

twitterでも「風邪はウイルスが原因で抗生剤は効きません」という感じの医師アカウントのtweetをよく見かけますが、初期にこのブログでも書いた通り、「風邪」の診療って実は難しいというのが私の考えです。なめると怪我をしますし、「風邪」という言葉を診断では基本的に使わないようにしています。

www.blog.takkuna.com

感染症系の啓蒙書を読んで、分かった気持ちになっている人も結構いるのではないかなと思います。教科書だと医学的にしっかりしたことしか書けないというのもあるかとも思いますが、そういう本の中には、失礼ながら、大病院の感染症科でコンサルトを受けている立場だからこその記載内容だと思うことも多々あります。留学経験のある方が多いですが、海外の病院は日本だと超巨大病院ですし、役割はさらに細分化されています。多分に理想論が含まれているように思います。そして、そういった本の内容は基本ではあるし、医学的に正しいのですが、実際の臨床は複雑です。患者背景、病院の体制、病院へのアクセスなども考慮しないといけません。本に描かれている症例は「解説、クイズ向けの理想的な症例」であって、これがすべてだと思ってはいけないと考えています。

そもそも、風邪の定義はあいまいです。この本では「ウイルス性上気道炎のみを"風邪"」と定義しています。しかし、ウイルス性であることは証明できないので、一般的に知られているようにウイルス性は多臓器にわたって症状が出る傾向があることや経過などから風邪以外を鑑別することを強調。そして、風邪とともに一般診療でよく見かける副鼻腔炎溶連菌感染症などのありふれた細菌感染、そして最初の症状は「風邪」となりやすい見逃すと危険な病気などの鑑別について第1章と第2章で症状で分類して記載されています。第3章は高齢者について。第4章はインフルエンザです。

正直、この本の内容は、頻繁に「風邪」を診る、ある程度経験のある医師にとっては、ちゃんと診療のための勉強をしていれば、知識の再確認になり、うすうす感じていたことにエビデンスを与えてくれますが、「初めて知った、びっくりだ!」ということはほとんどないと思います。一方で、研修医や、経験が少なければこれで勉強を開始したら良いと思います。

この本の特に素晴らしいと思うところは、感染症に対する意識の高いの方々にも評価の高い、感染症の専門家が実臨床に合うようにある程度妥協しながら「風邪」と向き合った本だということです。

まず、日本は医療へのアクセスが欧米のようなエビデンス発信の中心となっている国より容易である(弊害もあります)ので色々なものが「風邪」に見えてしまうということを前提としています。そのうえで、アクセスの良さを生かして重症化の兆しがあれば受診していただくことで本格的な重症化を防ぐという基本路線を提示しています。これはすごく大事だと常々思っていることです。「風邪だよ。ウイルスが原因だから薬はないよ。(何で来たの?)」ということではないのです。

また、この本には、セファロスポリン内服薬を一部認める内容もあります。これは、近年の感染症の本を読んで理想を目指している方々には受け入れがたいのではないかな?と危惧していました。例えば、岡本先生の『小児科ファーストタッチ』(下の方にリンクを載せています)でも、第三世代セフェム内服薬を載せているから「うんこ」として酷評するレビューが複数あります。

しかし、この本に関しては現在の感染症業界で特に目立っている神戸大の岩田健太郎先生も

…セフェムの議論も悪くない。風邪を論じたい人は、まずは本書は読まねば。そのうえでないと何も議論が始められない。

と書評を寄せられています(↓)

bookmeter.com

そして、第4章でインフルエンザに関しても基本を確認していますが、日本のインフルエンザ死亡率が低い理由に検証すべき要素がたくさんあるという重要なことを提示されています。熱が出たらすぐに受診するような環境にあり、社会的にインフルエンザの検査が要請されているという現状があり、初回陰性の場合には2回目の検査を行ったり、報道の影響で「熱無しインフルエンザ」というものを探させられたりしているのですから、これを逆手にとって日本こそ大規模にインフルエンザについて検討できるのではないかとも思います。

ちなみに、小児だと5歳未満であればハイリスクとなるので早期治療の対象となります。また、喘息もハイリスクですが、喘息と診断されていないIgE 1000 overの方でインフルエンザで鋳型気管支炎となった患者さんが複数いましたので、アレルギー素因が強い人も気を付けないといけないと思っています。しかし、重症化予防の基本はワクチンであることに異論はありません。

また、インフルエンザだろうがそうでなかろうが熱が出たら会社を休むという提言は重要だと思います。インフルエンザじゃなくても感染リスクはあるし、病気で休んで改善しなければ病院に行くという当たり前のことのできる社会であるべきですね。研修医の時に、循環器内科の先生が発熱して「インフルエンザだと休まなければならないから検査しない」と言っていましたが、そういうことじゃないだろ…蔓延したらどうするんだと。心不全の患者さんが感染すると重症化のハイリスクですし、循環器内科医がみんな発熱したらそれはそれで大変ですね。

まとめ

想いが強いため本音を入れて長くなりましたが、とても素晴らしい本だと思います。初心者はまずはこ「風邪」の勉強のため、経験がある医師は知識の再確認と自分の方針の調節のためにも一読すべきなのではないかなと思います。

誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた 感染症診療12の戦略 第2版

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初期研修医・総合診療医のための 小児科ファーストタッチ

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