小児科のあれこれ

地方の小児科で感じたこと、勉強したこと、本やグッズのレビューなど

エビデンスは難しい…

臨床上の根拠

evidence based medicineが強調されるようになって久しいですが、臨床の現場ではエビデンスになっていない共通認識というのも結構あります。

小児の場合、それぞれの疾患で症例数を集めにくいこと、年齢や体格による影響を受けやすいことからちゃんとしたエビデンスが形成されにくい傾向があります。同じ病気(あるいは同じような病気)であっても、小児と成人では違うこともあります。ネフローゼ症候群の疫学と治療方針なんかは代表的です。

希少疾患だとエビデンスレベルの高い論文が存在しないことも珍しくありません。小児がんの珍しいものだと世界規模で治験をしていたりします。

 

国の事情

小児のエビデンスのもう一つの問題点として日本発が少ないことがあります。臨床医が忙しすぎたり、小児科医は内科医ほど論文を書かない傾向があるのかもしれません。

病気は体質によってかかりやすさや治りやすさも異なったりします。日本は遺伝的素質が比較的均一なので普段はあまり意識することはありませんが、時々「日本では珍しい病気」に海外出身者やハーフやクォーターの方が罹患しているのを診ることがあります。熱性けいれんの患者の割合が人種によって異なるというのは有名です。骨髄バンクなんかも日本と、多様性のある海外とではHLA(いわば白血球の血液型)の一致率が違うようです。ですから中国やアメリカなどではHLAが一致しない移植というのが発展してきています。

また、医療をとりまく制度やリソースの違いなどもあります。「海外ではスタンダードだから」と保険適応外をたくさんやるわけにはいきませんし、アメリカみたいに医療が超高額な国の状況で得られたエビデンスを日本にそのままあてはめてよいのかという問題もあります。基本的に医療経済的に安くなるようなデータを、それとは一部対立しますが製薬会社や農業団体などスポンサーにとって良いデータを出そうとする傾向もあります。

一方で「小児の頭部打撲に対してCTをとるべきか」ということについて権威ある医学誌LANCETに掲載された有名な基準*1があるのですが、後日イギリスではいくつかの基準を比較して*2、「本当はその基準の方が良いのだけどイギリスにはアメリカほどCTがないから、CTのニーズが増えすぎるから困る。今のイギリスの基準でもそれほど悪くないからこのままでいいんじゃない?(意訳)」って結論付けていました。

アフリカの重症感染症に対してPALSに従った対応をすると増悪したという有名な論文がトップ医学誌のNew england journal of medicineに掲載*3されて物議をかもした時も、マラリアが多い、貧血の患者が多いなどその患者背景が指摘され、先進国にそのままあてはめることができると考えた人はあまりいなかったように思います。ただ、患者数が多く、「エビデンスレベルが高い」論文であったため2015年に改訂されたPALSにはその論文に基づいた注釈が載りました。

エビデンスを作る

これは重要ですが、日本の医師に足りない傾向があるとも言われています。雑用が多い、一人当たりの患者が多いなどで臨床研究ができないからとも、英語使わなくても何とかなるから英語論文書かないのが問題とも言われています。

川崎病なんかは発見者が日本人なのもあって熱心なようで、研究会も色々あって著名な英文誌に論文が掲載されたりしていますが、遺伝的な素因の違いか、例えばアメリカでは違うということが多々あるようです。

新しいエビデンスにより基本ががらっと変わることがあります。胃とピロリ菌と潰瘍と癌との関係が発見されたことは消化器内科の基本を根本から変えてしまいました。

大学病院の上司に言われた、「evidence based medicineも大事だが、本当に優れた医師はevidenceを作る」という言葉が印象的でした。マイナー疾患でしたがある分野の臨床では日本で一番であり、そのことでは東京や九州からも患者さんが治療に来ていらっしゃっていた(実際、自分も東京の大病院で加療してうまくいかなかった患者さんの治療に参加したりしました)ので確かにエビデンスを作っているという実感はありました。世界のスタンダードや日本の他の施設が行っている方法とは異なっていましたが、確かに件数も成績も日本の他の病院と比較して群を抜いていました。

もちろん、エビデンスを作るためにはエビデンスとその理解が重要なのは言うまでもありません。

エビデンスを作る最先端のところで戦っている方々は勉強量も仕事量もとんでもないのでただただ尊敬します。

経験と直感

当然ですが、経験も重要です。手術件数ランキングとか色々なところで見ますよね。

いくら頭に入れていても、それだけでは実際には使えません。手術とか救急対応とかは知識が豊富であっても名医とは言えないことの代表的なものでしょう。

イギリスの有名な総合医学誌British medical journalに掲載された論文には、臨床所見が悪くなくても、ある程度経験のある臨床家の「なんか危なそう」という判断は、重症感染症に対する感度61.9%、特異度97.2%、陽性尤度比は22.4であったというものがあります*4。この論文はわりと有名で、感染症診療で経験がある医療者が危なそうと臨床所見上説明できない印象を持った場合は、かなりの確率で重症であったということになります。一方で、感度は低いことから重症と思わなくても案外重症なことはあるよということも言えます。

小児科は患者さんの中心的年齢は乳幼児であるため、自分のことをうまく説明できないので、救急で使用されるPAT*5のように見た目の印象から情報を得ようとしたり、また成人よりも検査によって情報を得ようとする傾向があります。

末端の医師として

正直なところ、急進的なエビデンス信者は嫌いです(笑)

でも、勉強しない人はもっと嫌いです。ただ、国内のガイドラインなどがない場合に、様々な事情が違う状況下のエビデンスをどのように取り入れていくかはいつも悩みます。

エビデンスを作ることは難しいですが、その一助となるような活動ができればと思いながら、もがいている日々です…

とりあえず論文書こう…

 

*1:Kuppermann N, et al. Identification of children at very low risk of clinically-important brain injuries after head trauma: a prospective cohort study. Lancet. 2009 Oct 3;374(9696):1160-70

*2:Pickering A, et al.Clinical decision rules for children with minor head injury: a systematic review. Arch Dis Child. 2011 May;96(5):414-21

*3:Maitland K., et al. Mortality after Fluid Bolus in African Children with Severe Infection. N Engl J Med. June 30, 2011; 364(26):2483-95

*4:Van den Bruel A,et al. Clinicians’ gut feeling about serious infections in children: observational study. BMJ. 2012 Sep 25;345:e6144.

*5:Padiatric assessment triangle:小児の救急コースであるPadiatric advanced life support(PALS)で使用