「風邪ですね」
病院でよく言われる言葉だと思います。
でも、これって難しいのです。
googleで"国語辞典"を検索してトップに来たgoo国語辞典では
4 (多く「風邪」と書く)鼻・のど・気管などの性炎症。くしゃみ・鼻水・鼻詰まり・のどの痛み・咳 (せき) ・痰 (たん) や発熱・頭痛・倦怠感 (けんたいかん) などの症状がみられ、かぜ症候群ともいう。感冒。ふうじゃ。「風邪をひく」《季 冬》「縁談や巷 (ちまた) に―の猛 (たけ) りつつ/」
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E9%A2%A8_%28%E3%81%8B%E3%81%9C%29/#jn-41264
となっています。
手持ちにある看護学生の教科書(『小児臨床看護各論 小児看護学②』)だと
一般に鼻腔粘膜に主病変がある急性炎症を言う。鼻汁やくしゃみが病初期の主要症状であるが、初期以降に咽頭痛、咳嗽、嗄声などを併発する場合がある。
となっています。
実際に現場で使ってる「風邪」だと、おそらく感染症による軽めの症状のもの全般を示しているように思います。ウイルス性胃腸炎と思われる場合に「おなかの風邪ですね」と説明する人もいると思います。
僕の思う現場の「風邪」という言葉を説明するなら、
「おそらく感染症が原因で、今のところは症状が強くなくて、血液検査やレントゲンが必要な状態ではない(あるいは検査をしたが問題ない範囲だった)、きっとこのまま良くなっていくと思うし、ほとんどはウイルスが原因だから抗生剤は効かないか、もし細菌でも使わなくても自然に治ると思います。でも一部は重症になったり、重い病気の最初の症状が風邪症状のこともあるから注意は必要です。」
と長ったらしい思いが込められているように思います。少なくとも自分はそうですし、これに近い内容を説明することが多いです。ただ、開業医さんなど患者さんが多いとここまで説明はできないし、「大丈夫、風邪です」と話した方がご家族が安心することは多いとは思います。また、若年の医師ほど、ベテランでも難病をあつかう医師ほど細かく説明する傾向があります。
大事なことは、最初は風邪でもその後は悪くなることもあるから、熱が長引く(4日以上)、水分摂取が少ない、呼吸が苦しそう、反応が悪い、肌の色が悪いなどあれば病院を受診すべきということです。逆に、持病がない子は熱出てすぐでそんなに悪くなければ最初は家で様子をみた方が良いかもしれません。病院で感染症をもらうことはしばしばあります。また、何度か病院にかかる場合はできるだけ同じ病院をお勧めします。その子の普段を分かっていた方が異常にも気づきやすいですし、病気の経過やこれまでの病気を把握して診療ができます。そのうえで不満があったり、他の病院にかかりたい場合は紹介してもらってください。その方がスムーズですし、紹介先病院での扱いも良くなります。ただし、セカンドオピニオンはセカンドオピニオン料が発生するので要注意です。
google mapの病院レビューをたまに読むことがあるのですが、小児の時間外受診を集めている病院の不満のレビューに「風邪」問題が多いように思います。
病原体と症状
感染症の病名には病原体からくるものと、症状や感染部位など病気の状態からくるものとがあります。このことが混乱を招きます。
前者の代表例がインフルエンザ、ノロウイルス性胃腸炎、結核などです。後者としてはヘルパンギーナ、手足口病、肺炎、髄膜炎、脳症などがあり、風邪はこちらに含みます。
前者のようによく病原体で呼ばれる病気の場合、ウイルスであればすぐに検査できる迅速検査があることがほとんどです。鼻の奥やのどをこすって30分以内に結果が出ます。現在、小児科で一般的に使われているのはインフルエンザ、RSウイルス、ヒトメタニューモウイルス、アデノウイルス、ノロウイルス、ロタウイルス、細菌だと溶連菌とマイコプラズマです。ただし、迅速検査が保険適応となる年齢などが決まっているものが多いです。*1病原体が分かるからこそその名前で呼ぶことができるわけです。
たとえば、エンテロウイルスやコクサッキーウイルスはヘルパンギーナや手足口病の原因ウイルスですが、ウイルスの名前を聞いたことがある人はほとんどいないと思います。これらを検査しようとすると保険適応外の検査をする必要がありますし、そもそも結果が出たころには病気が治っています。
ですから、同じ原因でも、のどがあれていて手足にぶつぶつがない場合に「ヘルパンギーナ」、手足にぶつぶつがある場合には「手足口病」と呼ぶだけでこれらは基本的に同じようなものです。さらに、同じウイルスでも熱しか出ない場合や体だけにぶつぶつが出る場合もあります。
突発性発疹の原因は、ほとんどはヘルペスウイルスのなかの6型と7型ですが、迅速検査がないので「突発性発疹」と診断できる症状がないと診断できません。調査では3歳までに95%以上がこれらのウイルスに感染した証拠が見つかっています。「うちの子はかかったことがない」という場合は、熱だけしか出なかった、発疹しか出なかった、そもそも症状が出なかったなどで診断されなかったということです。初めて感染した時に突発性発疹となるのは30~60%だけともいわれています。
インフルエンザにしたって病気の状態によって「上気道炎(≒風邪)」、「気管支炎」、「肺炎」、「脳症」と病名を付けることができます。
代表的な風邪の原因ウイルスとしてはRSウイルスやライノウイルス、エンテロウイルスなどがありますが、インフルエンザによる風邪やマイコプラズマによる風邪もあります。
ヘルパンギーナや手足口病は一般的には夏風邪の特殊型として扱われます。初めは熱だけや熱とのどの痛みだけで「風邪」としか呼べない状態だったのが、次第に症状がそろってきてそう診断されるようになります。ただし基本的に治療法がないことには変わりません。
「夜間外来で風邪と言われて解熱剤だけ出された。おかしいと思ってかかりつけに行ったら手足口病だった。誤診だ!」というようなレビューを見たことがありますが、どっちの医師も間違ったことは言っていないことになります。
あえて言うなら、夜間外来の医師は自己防衛のためにももうちょっと説明しとくべきかなとも思いますが、小児救急病院の夜間の混雑を考えると「風邪」と診断した1人ずつに細かく説明している余裕がないってのもわかります。
最初は風邪だったのに…(重症化と合併感染)
「風邪」のもう一つの問題点として重症化があります。「風邪」の病原体自体が重症化を引き起こし場合によっては命にかかわるような病気となることがありますし、別の細菌や喘息が重症化の原因を起こすことがあります。
病原体自体が重症化を引き起こすものとしてはRSウイルスによる細気管支炎が代表ですが、危ないものとしてインフルエンザ脳症や、まれにコクサッキーウイルスやインフルエンザウイルスなどで起きることのある急性心筋炎といったものがあります。特に心筋炎は最初は「風邪」だったのに急激に心臓が死に向かう劇症型心筋炎という病態があり、体験談や近くの病院で見つかったという話が小児科医の中では怪談のように背筋が凍る話として話題にのぼります…
インフルエンザ脳症は重症インフルエンザとして有名な怖い病気ですが、多くの場合はインフルエンザの発症早期に脳症となるため、「インフルエンザの薬を使ったから脳症にならなかった」というシチュエーションはほとんどないとされています。
別の細菌が悪さするものとして急性中耳炎や急性細菌性肺炎の合併などがあります。
特に中耳炎となることは多く、鼻汁が目立つ場合に耳鼻科レベルの検査を行えば1/3~1/2程度は中耳炎が見つかるともいわれています。耳を痛がるときや耳だれがある場合にはわかりやすいですが、鼻水が出ている子が下がりかけていた熱がまた上昇した場合、耳を触る場合などには疑います。ただし、症状らしい症状がないこともあります。
急性細菌性肺炎の合併は抵抗力が落ちたところで、もともと体にいる肺炎球菌やインフルエンザ菌(インフルエンザの原因ではない)などが増えてきて起こります(中耳炎や副鼻腔炎の原因もこれらが多いです)。昔にスペイン風邪と呼ばれ死者をたくさん出したインフルエンザの死亡原因が肺炎球菌感染症が多かったのではないかという話もあります。RSウイルスでも人工呼吸器例など重症化した場合には痰からこういった菌の増殖が検出されることが多いです。
なので、自分自身はウイルス感染が証明されても重症の場合には、基本的に最初は抗菌薬(抗生剤)を併用しています。
小児だと「風邪」などをきっかけに喘息発作が起きて困ることはよくあります。それとは別に、喘息とは診断されてないもののアレルギー体質がありそうな子でインフルエンザに伴って肺が片方使えなくなるほどの鋳型気管支炎という重症呼吸器疾患となった子がいました。なので、喘息の人、アレルギー体質の人は早めに病院を受診しておいた方が良いと思いますし、こういう方々はインフルエンザの治療も積極的に行うべきだと思います。
後医は名医
これは医療界では有名な言葉でです。後に診療した医師の方が、症状の変化が分かるし、これまでに検査が行われているしで情報量が多いので必然的に正しく診断しやすいということを表現しています。昔の東大教授が教授在任中の誤診率は14.2%であったと発表し、ベテラン医師はその低さに驚いたというエピソードがあります。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%B2%E4%B8%AD%E9%87%8D%E9%9B%84
今は検査が進んでいるのでもっと正しく診断できるでしょうが、全くの初診での「誤診率」となるともっともっと高くなるものと思われます。
なので、「後医は名医」という考えの下、前の医師のことを軽々しくけなすなという戒めの言葉なのです。あまり考えてない医師もいますし、「後医は名医とはいえひどい!」っていうエピソードもあるのですが…
主に参考とした本:岡崎信彦『小児感染症学 第2版』